甲信越は新潟県、長野県、山梨県の三つの県がありますが、長野と山梨の山岳地帯と新潟県の日本海側にある地域ですが、ここは戦国時代に武田信玄氏と上杉謙信氏が闘志を燃やして戦った歴史の地です。
その歴史ある甲信越地域で、お城と梅のコラボなるところを探して紹介していきます。
色んなご当地を紹介していきますので、ぜひ最後まで私のブログにお立会い下さいませ。
武田信玄と上杉謙信のエピソードのある観光スポット甲信越の佐渡島
佐渡島にある梅が見れる佐渡伝説
佐渡島は平安時代より金銀山の発掘が行われていて、戦国時代の太閤秀吉公の政の頃は、上杉景勝氏や家老直江兼続氏らが任され、金銀の発掘に尽力を注がれた地で、「鶴子銀山」の見張りの城だったのか城址公園が海沿いにあります。
ちなみに佐渡島のシンボルの二つに割れたような金山画像やポスターは「相川金山」の方です。
城址公園の名が先行して、資料がなく誰がいつ築城したのかも不明で特に土塁や曲輪跡の遺構も見れない城跡公園です。
しかし公園内には季節が来ると、白梅や紅梅などが個々に咲き4月ごろまでうすピンクの梅が見られるようで、ささやかな公園でちょっと寒いので花見とまではいかなくとも、お弁当を持って観光時に寄ってみて頂きたいと思います。
佐渡島に残る伝承の梅とそこに残る鎌倉ロマン
城址公園から少し離れたところで「佐渡歴史伝説館」の近くに、承久の乱で鎌倉北条氏に敗れ1221年に順徳上皇が、佐渡へ配流奉られた時にここに御手植えされたと伝わる「石抱の梅」があります。
一部枯れて損傷もありますが保存されており、平成16年3月1日に天然記念物(1本)に指定されていて、今でもなお季節には梅の花を咲かせて来る方たちを魅了している。
その道の先に「真野御陵」があり順徳上皇が崩御されたあと、ここで火葬されたいわば順徳天皇御火葬塚と呼ばれる場所で古を偲ばせています。
武田信玄と上杉謙信のエピソードのある観光スポット甲信越長野県の梅の時期に行きたくなるお城は
武田軍が攻落とした深志城(松本城)の梅
長野県松本市には、甲斐より侵攻した武田信玄軍により深志城は攻め落とされ、信濃守護小笠原長時氏は追放されて家臣の馬場信春氏の所領になります。
武田信玄氏が亡くなると、勢力衰退した武田氏は織田信長軍により滅ぼされてしまい、目まぐるしく城主が変わり、一時元の小笠原氏が奪還し深志城から松本城と名を改めます。
しかし、小田原征伐で太閤秀吉公の政が始まると石川数正氏が城に入り、その時に天守や城下が大きく整備されたことが、今の形で残って受け継がれてきました。
国の史跡で現存天守は、国宝に指定されているこの松本城に来た際は、必ず埋橋川側の梅林の梅を春先取りで目でてください。
駐車場はJR松本駅が近いこともあり、たくさん松本城の周辺には有料駐車場はありますが、時間帯で加算される有料駐車場になるので、電車かバスをご利用が良いと思われます。
松本城周辺の城下町の食べ歩きブログも投稿していますので、興味あれば後で読んで下さい。
大河ドラマ真田丸で人気になった上田城跡公園
上田城は真田昌幸氏が徳川家康氏の配下となった際、城郭を大改修してもらい、まんまと自分たちの城として奪い取る大演出を真田氏がした歴史があったとされています。
それも一つの要因で、2度も徳川家康軍に上田城攻めをされましたが、くわせ者真田昌幸氏は奇想天外な籠城作戦で徳川軍を翻弄し、多勢に無勢をひっくり返して徳川軍を追い払ってしまったエピソードは御存じのとおりです。
そんな天下人に2度も勝った上田城武勇伝のお城として、大河ドラマ「真田丸」でさらに人気の城となりました。
今たくさんの観光客が来城するようになりました。
季節が梅の時期の1~3月に真田氏ゆかりの上田城跡公園に来られると、本丸跡の散歩道は白梅や紅梅がみなさんを迎えてくれ、いい香りを漂わせているかもしれません。
来城の際はイベントの時は有料になる時期がありますが、普段は無料駐車場が上田城跡公園駐車場が三か所ありますが、休日祝日は混雑する場合がありますので、現地でのご確認をよろしくお願いします。
上田城跡公園についてや周辺での食べ歩きブログも投稿していますので、後で読んでみて下さい。
武田信玄対上杉謙信の川中島古戦場見届けた典厩寺
長野市篠ノ井に典厩寺というお寺があり、この1㎞先に武田軍と上杉軍が5回対峙したうちの、4回目の川中島合戦の激戦で両者約8000人の死者が出た八幡原古戦場が、現在は公園として整備されています。
激しい戦国武将の定めというべき戦の攻防を見届けた典厩寺には、八幡原で討死にした武田、上杉兵を弔う懐古之碑と、おなじくしてこの戦で討死にした武田信繫氏(信玄の弟)の墓と首きよめ井戸が残り、戦いの激しかったことを今に伝えています。
さらに川中島合戦記念館や6mにおよぶ閻魔大王像がありそれらを偲ぶかのようのに園内にある梅と桜が3月には同時に花が咲きます。
川中島合戦のブログも投稿していますので、良かったら後で読んで下さい。
山梨県甲斐国といえば武田信玄ゆかりの地で梅歩き
武田氏館跡(躑躅ヶ崎館)や甲斐善光寺にも近い不老園
盆地の山に囲まれた山梨県甲府には、NHK大河ドラマでもおなじみの武田信玄氏ゆかりの躑躅ヶ崎館があります。
父武田信虎氏のやり方に晴信氏(のち信玄)は反発し、家臣を自らまとめて無血開城として父を信虎氏を甲斐国から追放して、この躑躅ヶ崎館と武田の家督を取ったと歴史に伝わります。
「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」と名言も残ります。
城内に”武田神社”が大正8年に建立されていますので、ここへ来たら有料ですが宝物殿も見学して下さい。
躑躅ヶ崎館跡の城郭には梅と桜が両方見られる3月が良さそうですが、水堀や曲輪跡、土塁、土橋、虎口、井戸など遺構もあるので、歩いてみてほしいです。
ここで梅があまり見れないと物足りなさを感じる方は、”甲斐善光寺”へ足を向けて頂き、ここも見ごたえある山門や本堂などが見られますので行っておきたい観光地ですが、その先に「不老園」が明治30年より開園されていて、それは梅づくしな園内を見てまわれば満腹感間違いなしと思われます。
不老園は2月から3月開園期間で有料で大人500円、小学生200円で入場ができます。
園内からは梅と一緒に富士山や甲府盆地が一望出来るスナップポイントです。
約2000本の梅が植えられていて、2月には紅梅、小梅、夫婦梅、ブンゴ梅などが咲き、春の先取りを満喫できる所です。
武田氏館(躑躅ヶ崎館)の桜めぐりの観光ブログも投稿していますので、興味あれば後で読んで下さい。
武田信玄と上杉謙信のエピソードのある観光スポット甲信越で梅散策 あとがき
甲信越の冬は短く、また春のさわやかな暖かさはすぐに過ぎていってしまう地域なので、梅が咲くのを見て頂いて春の訪れの足音を実感してもらえるようウォーキングの資料にして頂けたらと思っています。
武田信玄氏と上杉謙信氏ゆかりの地を観光巡りを本気でしたら、会社を何日の休みをもらえばいいか、見当がつかないくらいありますね。
今回はその一部を紹介しました。
今回も私のブログにお立会い頂いてありがとうございました。
コメント