2016年4月に九州熊本県付近を襲った大地震の熊本震災は、津波はなかったものの最大時には震度7という、阪神・淡路大震災に及ぶ大きな地震となって多くの犠牲を残しました。
そして、熊本市の中心となる江戸期初めに築城された、名将加藤清正(かとうきよまさ)氏の指示のもと造られました熊本城も大きな被害を受けた場所でした。
さても戦国きっての石垣造りの名人として知られていた、加藤清正氏の石垣の積み技術がここに発揮され、辛うじて算木積(さんぎづみ)の石垣部分が地震に耐え、復元されていた天守や重要文化財に指定されていた飯田丸五階櫓(いいだまるごかいやぐら)などの建物概要が、倒壊ギリギリで持ちこたえました。
そんな奇跡にも近い大崩壊を逃れた建造物や、残念ながら倒壊してしまった櫓(やぐら)や塀(へい)などの復興が今も続く熊本城にスポットを当てて、熊本城の見どころや歴史、そして周辺の食べ歩きランチポイントなどをつづっていきます。
今回も最後まで私のブログにお立会いして下さい。
熊本城は加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城!今復興がすすむ
熊本城は加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城!熊本地震の爪痕 そして復興へ
さてみなさんもご存じのように熊本県は、2016年4月に最大時の約震度7という大きな地震で被害にみまわれてしまいました。
様々なニュースにより、当時の被害のありさまは放送され、現在のユーチューブでもご覧になれます。
その中で、熊本県の象徴である熊本城もその地震による自然の猛威を受けてしまいました。
その被害は、熊本城天守閣や重要文化財建造物に復元建造物(塀,門,櫓など)に現存石垣などの膨れや、倒壊を引き起こすなど、熊本震災は大きなつめ跡を残していきました。
宇土櫓(うとやぐら)の有名な見どころの武者返し(むしゃがえし)が特徴の、戦国期の緊張感が残った造りの石垣にも被害がおよびました。
このことについては熊本地元住民の方や、熊本地域が故郷の方などが大変に苦しい思いにさらされました。
私のような関東に住んでいて被害はなかったものには、到底及びませんがお城好きの者としては、とてもこのニュースには胸を痛めました。
熊本震災で被害に遭われた方々としてはさらに、この熊本県のシンボルであり、熊本県民の方の誇りでもある熊本城の大打撃は、心に深く傷があったことだと思います。
しかしながら早くも、その1年後の2017年には熊本城の復旧活動は始まりました。
その復興計画には、約600億円という膨大な予算に加え、20年での計画期間を掲げますが、2023年3月に見直し改定されて、35年の計画期間に変更されました。
そこには、最新の技術を活用した安全対策の検討と、100年先を見据えた復元への礎(いしずえ)づくりに、復旧基本計画の推進がありました。
そして、計画の見直しについては、前例のない復旧作業は当初想定していた以上に各工程に時間を要することと、復旧事業に携わる専門技術者等の体制に応じた事業量の設定をしたことにあります。
大手ゼネコンの大林組から清水建設に鹿島などが建造物に石垣の修繕にあたってきました。
現状においては熊本城を修繕をしながら、見学規制はあるものの、熊本城内を入城見学できるまでに至ってます。
自然の猛威を受けた熊本城の状況を見せながらも、日々熊本城が立ち直っていく状況も工夫して、観光客にも見学してもらう事をコンセプトに行われていかれています。
それは丁寧に、景観も考えられながら、歴史ある遺構も配慮しながら鉄骨を天守に渡らせながら修繕を行い、工程を少しでも早くしっかりとした修復と補強も含めた進行をしていきました。
さらに建造物だけではなく、木々の緑もリフレッシュにも手を加えられ、なるべく残っていたものを優先しながらも、新しい樹木も加えながら、見学の観光客の潤いを与えた修復がなされていっております。
そして、安全を確保しながらも崩壊している石垣に近代の橋の特別見学通路を造って、地震の影響で壊れた石垣や塀や門に櫓の現状をタイムリーで見学できるようにし、工事中も熊本城も見学者が訪れることにより収益にも生かされています。
既に長塀(ながべい)や、天守閣に監物櫓(けんもつやぐら)が2025年の現在には、復旧が完了しております。
また人気の西南戦争時に焼け落ちてしまっていた本丸御殿は、2008年に再建されています。
ここ御殿は、加藤清正氏が豊臣秀頼(とよとみひでより)氏を匿うため招こうとしていた昭君之間(しょうくんのま)のある豪華絢爛な本丸御殿ですが、この再建された本丸御殿にも大きな被害を受けてしまっています。
今後は本丸御殿周辺の建造物も一旦解体して、土台の石垣からの修復を施し、建造物も未来に残していくための耐震補強も加えていくことも含め、2027年~2032年に復旧工事が行われる予定となっています。
その他にも飯田丸五階櫓や宇土櫓,2032年以降には西大手門に北十八間櫓などや馬具櫓(ばぐやぐら),数寄屋丸二階御広間(すきやにかいおんひろま)などなどがさらに修復は2052年まで続いていきます。
熊本城は加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城!熊本城のかんたん歴史
約400年もの前の慶長12(1607)年に加藤清正氏によって、茶臼山(ちゃうすやま)丘陵一帯に平山城の熊本城を築城しました。
それは壮大な城郭で、豊臣公の戦国時期から江戸期初期もあり、まだいつ戦が始まるかもしれないという緊張感のある中に、清正氏が築城した攻めと護りのお城でした。
文明元年の1469年の室町時代に肥後守護菊池氏(ひごのかみきくちし)の井田秀信(いでひでのぶ)氏が、この山岳の麓に千葉城を築城したのが始まりといわれています。
その後井出氏の衰退に代わり鹿子木親員(かのこぎちかかず:寂心)により、隈本城という名で熊本城の前進になる城の築城と、藤崎八幡宮の遷宮(せんぐう)が行われたといわれます。
そうして歴史の表舞台に立ってきた加藤清正氏により、豊臣秀吉(とよとみひでよし)公の片腕として奮起したことで、佐々成正(さっさなりまさ)氏が肥後国人一揆を鎮圧が出来なかったことに責任を問われ切腹しました。
そのことで、秀吉公の意向で二分していた肥後国は、加藤清正氏に一任されて19万5000石で取り立てられました。
その後日ノ本が二分した関ケ原の戦いで、加藤清正氏は徳川家康氏の東側に就いて勝利を勝ち取ったことにより肥後守(ひごのかみ)を盤石にし、52万石の領主となりました。
慶長11年に城郭が完成したことを祝って、加藤清正氏はこの隈本を熊本に改めました。
また慶長15年には、本丸御殿も建築され、政を司る支度ができていったのでした。
その当時は、清正公(せいしょこ)さんと熊本の県民から親しみ込めて呼ばれる熊本城の顔がここに配置されます。
この頃に南蛮貿易が盛んになり、肥後の潤いの活性化を促していました。
肥後国の栄華が輝いた時期となります。
しかし加藤家の跡目を継いだ加藤忠広(かとうただひろ)氏がお家騒動により改易(かいえき)された後は、細川忠利氏が豊前国小倉藩(ぶぜんのくにこくらはん)より入城し、明治維新の廃藩置県(はいはんちけん)まで細川氏が護っていきました。
廃藩置県により細川喜延(ほそかわよしのぶ)氏は熊本城を国に返還し、免官します。
その後起きた西南戦争の旧藩士の動揺を鎮めたとの逸話も残っている人物です。
また遡りますが、関ヶ原合戦で奮闘もしたあの宮本武蔵(みやもとむさし)氏がこの熊本城の整備にもあたったという伝もあり、晩年はこの熊本に移住していたといわれております。
熊本城から程近くの、武蔵塚公園(東の武蔵塚)には、宮本武蔵の墓といわれる遺跡が残っており、今もその武士道が語り継がれております。
そんな巌流島エピソードのある宮本武蔵氏の眠る地は、今なお緑豊かな公園として、現在の人々の憩いの場になっています。
武蔵塚公園:〒861-8007 熊本県熊本市北区龍田弓削1丁目3
加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城!名城熊本城をめぐろう
何といっても、加藤清正氏が戦国期に手掛けた武者返しのいわゆるおうぎ形石垣積が見ものでしょう。
武者返しとは、忍者などが石垣をよじ登りするような、敵の侵入を防ぐための防御として、急こう配に扇のような勾配をつける石垣積みをさせた特徴のものです。
その武者返しが圧巻な場所は、大天守よりも宇土櫓の高石垣のところの反りが必見です。
今回の熊本震災の大きな地震でも、熊本城のしっかりした盛り土に栗石(ぐりいし)が積まれた外側に築石(つきいし:石垣)が積まれた3重構造になっており、水はけもよく、丈夫で長持ちな造りになっています。
しかしさすがの約震度7の揺れには、熊本城の石垣も悲鳴を上げ、宇土櫓外側の石垣も膨れが出たり、一部倒壊もあり、重要文化財の宇土櫓の建物も全面解体し遺構の素材を再使用する修復がすすめられています。
当面はしっかりした修復に加え、耐震性を施し、今後100年も200年を歴史的文化を残していく建設が行われていきます。
地震によって倒壊してしまった坪井川に沿った、全長約242mで高さ6mある長塀は、修復が完了して、美しい姿を戻しています。
そして、お城と言えば天守閣がゆるぎない人気の建造物であり、2021年4月に復旧は完了しており、熊本城の歴史を知れる内部は展示場になっています。
最新のデジタル機能も導入されており、全く新しい装いになっています。
地下一階からの見学となり、江戸期の熊本城築城の模型や映像がおりなされています。
2階は城郭のジオラマに、これほど大きな城の敷地だったのかを見ることができます。
そして3階と4階と昭和の戦後の天守再建から、昭和~平成の修理についての紹介と、まだつめ跡が残る平成28年熊本地震の被害と復旧についてのパネラーや模型など紹介がされています。
最後展望フロアの6階からの熊本城周辺の風景を、必ずここ熊本城に来たら見て下さい。
入城料:大人(高校生以上800円) 小人(小中学生300円)
さらに他にも熊本地震での修繕をしている現状況を、タイムリーで見学してもらえるよう、安全を図った見学通路が施されており、ぜひ復旧風景も含めて見て周ってもらいたいですね。
熊本城周辺を食べ歩きのランチ 酒菜家 吾ノ倉庫
まるで新装開店した倉庫で食事しているような新感覚なお店なのが、ここ酒菜家です。
ランチはキッズセットも500円での用意もあるメニューで、ソフトドリンク付きで、スタンダードチキンカリー(980円)は定番ですが、限定カリーのくまもと黒毛和牛ビーフカリーとWポークインドカリー(各1280円)はおすすめです。
夜の部は居酒屋系で、にぎやかな雰囲気の中で、お酒をしながらたくさんのメニューがありますので、お好みに合わせて団らんを楽しんで食して頂けますよ。
営業時間:11:30~14:00 17:30~23:00(月火水曜日、木曜は17:30~23:30のみ営業) 11:30~14:00と17:30~0:00(金土曜日の営業:日曜は22:30まで)
☎0963555292
〒860-0079 熊本県熊本市西区上熊本1丁目3−17
熊本城周辺を食べ歩きのランチ ダイニングカフェ 彩
熊本城の天守も一望できる熊本市役所の14階にあるレストランです。
夜の部のコース料理で、お酒やワインなどでひと夜の思い出にするもいいですが、ランチタイムなら、手ごろなお値段でランチがいただけます。
例えばハンバーグランチは、季節のスープにサラダとライス付きで1300円で、そこにドリンク付きをプラスで1500円です。
デザートドリンク付きなら1800円です。
他ハンバーグと海老フライプレート・牡蠣フライプレートなら各1500円,1700円,2000円です。
その他ランチメニューはまだまだ豚ロースカツ欧風カレーや牛サーロイン120グラムステーキランチなどなどありますよ。
営業時間:11:00~15:00 17:30~22:00(日曜定休)
☎0963282954
〒860-0808 熊本県熊本市中央区手取本町1−1 熊本市役所
熊本城周辺を食べ歩きのランチ 勝烈亭 新市街本店
レストランのような店内は、たくさんのお客さんが各々お好みのメニューを召し上がっています。
厚揚げロースかつ膳(大)180g(2365円)や厚揚げひれかつ膳(大:2365円)、(中:2090円)、(小:1870円)などが土日曜と祝日は16時まで100円ほどお得な価格で提供です。
ぜひ週末にはここへ。
また秘伝のタレで食べるひれかつやロースかつは絶品です。
お子様ランチもあるよ!
営業時間:11:00~21:30
☎0963228771
〒860-0803 熊本県熊本市中央区新市街8−18
熊本城周辺を食べ歩きのスイーツ お菓子の香梅 熊本城香梅庵
今やお店定番のメニューの北海道産ほまれ大納言陣太鼓ソフト(店内食:550円,店外食:540円)や、香梅のぜんざい小豆粥(660円)に三面焼まるきんつば(300円)などなどが、イートインも可能です。
また店内はお土産の和菓子が所狭しと並び、熊本の代表銘菓”誉の陣太鼓”の詰合わせが人気商品です。
営業時間:9:00~18:00
☎0962880039
〒860-0008 熊本県熊本市中央区二の丸1−1−2
熊本城周辺を食べ歩きのスイーツ スイーツバー シュマン・ダンフィニ
地元の方には知られる、大人のスイーツ店のシュマン・ダンフィニで、おしゃれにスイーツしませんか?
観光でホテルか旅館にお泊りの方は、ちょっと夜のデザートを召し上がりにお供の方と寄ってみませんか?
ほとんど店内はシックな雰囲気のバーでウィスキーやリキュール、バーボンのお酒が並んでいますが、れっきとしたスイーツなお店なのだ。
時にはこんなお店でお洒落にお城観光の夜を演出しても罰は当たりませんよね。
今宵は品のいいおしゃれにスイーツしてみましょう。
営業時間:18:00~翌4:00(水木曜日定休)
☎0963561774
〒860-0807 熊本県熊本市中央区下通2丁目2−26 森本ビル 2F
熊本城は加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城へアクセス
*東京羽田空港~熊本空港(阿蘇くまもと空港)を飛行機で約2時間ほどでひっと飛びの便もあります。
熊本城へアクセス(公共交通機関)電車
〇JR新山口駅~小倉駅~博多駅(山陽新幹線)
〇博多駅~新鳥栖駅~久留米駅~JR熊本駅(九州新幹線)
〇JR熊本駅白川口より徒歩5分~熊本駅前~蔚山町まで6駅(熊本都市バス)~そこより約700mほど歩けば熊本城に到着
熊本城へアクセス マイカー
〇国道9号線より四十八瀬川を越えて、小郡上郷の中国縦貫自動車道へ入る~小郡JCT~仏坂トンネル~美東SA~美弥東JCT~伊佐PA~下関JCT~王司PA~下関IC先より関門自動車道へ
〇壇之浦PA~関門橋~和布刈トンネル~大久保トンネル~山中トンネル~門司IC付近より九州縦貫自動車道
〇門司トンネル~吉志PA~北九州JCT~福智山トンネル~金剛山トンネル~鞍手PA~神田トンネル~古賀SA~古賀インターチェンジ~基山PA~鳥栖JCT~広川SA~山川PA~玉名PA~北熊本スマートICで高速道を下車
〇大鳥居町を抜けて、北部東地域コミュニティセンターを過ぎると国道3号線を交差し、国道387号線を右折。
国道387号を進むと、再度国道3号線を交差し、道なりに進む。
その先県道303号線と接する交差点信号を右折し303号線(四方寄熊本線)を進む。
経町一丁交差点信号を右折し、すぐ次を左折すると熊本城内へ到着。
*お出かけの際、ETCカードの差し忘れがないことをご確認ください
熊本城周辺の駐車場
〇熊本城二の丸駐車場
営業時間:8:00~16:30(11月ー3月) 8:00~17:30(4月ー10月)
駐車料金:最初の2時間まで200円 以降1時間おき100円(普通車)
〒860-0008 熊本県熊本市二の丸1
〇お城前駐車場
24時間営業(普通車53台収容)
駐車料金:最初の1時間300円 以降30分おき100円(7:00~18:00)
最初の1時間200円 以降30分おき50円(18:00~7:00)
☎093228447
〒860-0002 熊本県熊本市中央区本丸3−8
〇城彩苑 駐車場(普通車・二輪車)
営業時間:8:00~22:30(普通車58台収容 大型バイク24台 原付自転車30台)
駐車料金:2時間まで200円 以降1時間おき100円(普通車)
2時間まで100円 以降1時間おき50円(大型バイク・原付自転車)
☎0963228447
〒860-0008 熊本県熊本市中央区二の丸1−1−3
熊本城は加藤清正が作った武者返しが特徴のすごい城!あとがき
自然の災害には時として人間は無力で、度重なる地震大国の日本は、この地震に大きな被害を受けてきました。
今回の熊本震災も含めて、仙台城や白石城も被害があった東北震災や、能登半島地震では金沢城が被害に遭いました。
そのつど、人々は絶望の淵に追いやられますが、そこから立ち上がり痛みを知ったことから、さらに強くなりまた復旧をしていくんだなと、つくづく実感しました。
私は身近に大きな被害を受けたことがなく、幸いにも過ごして来れてきています。
せめても、こうした災害に遭われた地域のために、復旧していく今回は熊本城に足を運んで、こうした出来事に人は負け続けないことを含めて、伝えていけたらと思います。
熊本市民の方々にエールを送ると共に、熊本城・熊本地域の復興がすすむことをお祈り致します。
今回も私のブログにお立会いいただきありがとうございました。
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